近年、カスタマーサクセスという言葉が広がりを見せています。マーケティング・セールスが新規顧客を獲得するための活動であるなら、カスタマーサクセスは既存顧客を維持するための活動と言えます。
ではなぜ、カスタマーサクセスという言葉が広がりを見せているのか。その背景には、既存顧客維持の重要性の高まりが指摘できます。
今回は、既存顧客維持の重要性を表す「1:5の法則」「5:25の法則」を詳しく解説いたします。
1:5の法則とは、新規顧客に販売するコストは既存顧客に販売するコストの5倍かかるという法則です。
つまり、同額の売り上げを達成する場合でも、新規顧客に販売する方がコストが高くなり、利益率が低くなるということです。
また、5:25の法則とは、顧客離れを5%改善すれば、利益が最低でも25%改善されるという法則です。
1:5の法則の通り既存顧客は販売コストが低いので、顧客離れをたった5%改善するだけでも利益に大きな影響が出るのです。
これら二つの法則から言えることは、新規顧客の獲得よりも、既存顧客の維持に目を向けた方が、より効率的に事業成長を遂げることができるということです。
基本的に多くの企業は、事業を成長させるためには新規顧客を増やす必要があると考えているでしょう。もちろんそれも必要ですが、新規顧客を開拓して売上を上げるには、既存顧客に販売するよりも5倍のコストがかかるということを知っておくべきです。
また、新規顧客の獲得コストの大きさを表すこれらの法則は、裏を返せば、新規事業立ち上げの難しさを表していると見ることもできます。
この法則に基づくと、新規参入企業は、市場でシェアを獲得している企業の5倍のコストを払わなければ新たに顧客を獲得できないということです。いかに後発でシェアを覆すことが難しいかわかるでしょう。
1:5の法則、5:25の法則は、ともにアメリカのコンサルティング会社Bain & Company社の名誉ディレクターを務めた、フレデリック・F・ライクヘルドが発見したとされています。
フレデリック・F・ライクヘルド(Frederick F Reichheld
1952年生まれ、ハーバードビジネススクールでMBAを取得し、1977年にベイン・アンド・カンパニーに入社。1999年1月、同社初のフェローに選出。米『コンサルティングマガジン』誌の2003年6月号で、世界で最も影響力のあるコンサルタント25名に選ばれた。主要なビジネスフォーラムや、世界中のCEOをはじめとする経営幹部層のグループ向けに、頻繁に講演を行う。
ニューヨークタイムズのベストセラー作家でもあり、著書「ロイヤルティ戦略論」(ダイヤモンド社 、2002)や「顧客ロイヤルティを知る『究極の質問』」(ランダムハウス講談社、2006年)は、いずれもベストセラーとなっている。
ライクヘルドは、企業の成果創出のために
・自社のプロダクト・サービスを何回も購入・利用してくれる
・他者へおすすめしてくれる
・建設的かつ貴重なフィードバックをもたらしてくれる
顧客ロイヤルティとNPS®については、こちらの記事で詳しく解説しております!
顧客シェアとは「1人の顧客がある分野においての支出する総金額のうち、特定の会社に支払った金額の割合」のことです。
売上を増加させるためにどうしたら良いか?と言われれば、多くの人がマーケットシェアの拡大を思い浮かべると思いますが、実は、売上を構成する要素には、「マーケットシェア」の他に「顧客シェア」も存在します。
つまり、売上を増加させるためには、できるだけ多くの顧客に販売するという「マーケットシェアを拡大する」方向性と、現在取引のある顧客に対する販売量や回数を増大させるという「顧客シェアを拡大する」方向性の二つがあるということです。
図のように売上は、顧客の数で表される横方向の広がりであるマーケットシェアと、一人の顧客の購買回数で表される縦方向の広がりである顧客シェアとの面積によって表現できます。
仮にマーケットシェアが大きくても、顧客シェアが小さければ、マーケットシェアが小さく、顧客シェアが大きい場合の面積と大差ないことになるでしょう。
つまり、100万人に1回買ってもらった商品と、10万人に10回買ってもらった商品の売上は同じということです。
現代のように、消費ニーズが複雑化かつ短期化している状況において、100万個売れる大ヒット商品を発明するのは容易ではありません。広告・販促費だけでも膨大なコストがかかるのに加えて、次回も100万個売れる保証はないでしょう。
同じ売上を達成するなら、より現実的なのは『100万個×1回』ではなく『10万個×10回』ではないでしょうか。つまり、企業が重要視すべきなのは、買ってくれるかわからない新規顧客にアプローチすることではなく、おそらく次回も買ってくれるであろう既存顧客を育成することなのです。
新規顧客の獲得コストと既存顧客の維持コストに大きな開きがある理由について、フィリップ・コトラーの提唱した「顧客知覚価値」(「純顧客価値」という言い方をされることも多い)の観点から考えてみましょう。
「顧客知覚価値」とは、顧客が製品やサービスに対して抱く、品質や費用に対する総合的な価値判断のことです。
例えば、2つの商品で悩んでいる場合、顧客は顧客知覚価値が大きいと感じるものを購入するでしょう。また、一度購入して満足しなかった商品(=顧客知覚価値がマイナスだと感じたもの)は、今後購入する可能性はかなり低くなるはずです。
顧客知覚価値は、下記の式で求められます。
顧客知覚価値=総顧客価値ー総顧客コスト
「総顧客価値」とは、製品やサービスに対して、顧客が期待する経済的、機能的、心理的なベネフィットを合計したものです。
・製品価値(製品自体の機能・信頼性など)
・サービス価値(付帯サービスとしての保守・メンテナンスなど)
・従業員価値(従業員の応対、パーソナリティなど)
・イメージ価値(ブランドイメージなどによる価値など)
一方、「総顧客コスト」とは、製品やサービスを認知・比較検討し、入手し、使用する過程において顧客が見積もったコストを合計したものです。
・金銭的コスト(製品価格・維持費・配送費など)
・時間的コスト(納品までの日数、交渉にかかる時間、使用法を理解するのに費やす時間など)
・エネルギーコスト(製品を探す手間、購入手続き、持ち帰りの労力など)
・心理的コスト(初回購入時の不安、購入時のストレス、大金を支払う場合のストレスなど)
既存顧客の維持より新規顧客の獲得にコストがかかる理由は、「顧客知覚価値」に注目することで説明することができます。
つまり、一度製品・サービスを購入したことがある場合、2度目以降は「総顧客コスト」が減少するからです。
金銭的コスト:
新たな製品を導入するとなれば、製品価格に加えて、導入費や配送費が必要になるかもしれませんが、すでに導入しているのであればその必要はないでしょう。時間的コスト:
一度導入しているのであれば、社内交渉などはほとんど必要ないでしょうし、納品もスムーズに進むはずです。使用法を理解するのに費やす時間に関しても、もちろん大きな差があるでしょう。エネルギーコスト:
人間の情報処理能力には限界があり、特に現代のように情報が溢れている時代では、キャパシティを超えた情報を簡単に手にできてしまいます。こうした情報過多の状態は、実はかなり脳に負担をかけることになり、心理的にストレスなのです。そのため、製品を探す手間が省けるというのは、かなりの購入インセンティブになるでしょう。心理的コスト:
一度購入していれば、どんな製品か理解できているため不安を感じることはないでしょう。特に、BtoBであれば大きな金額の取引をすることが多くなります。購入時にストレスがないのは、誰しもが望むことではないでしょうか。
そのため、新規顧客よりも既存顧客の方が購入意欲が高く、よりコストをかけずに販売することができるのです。
逆に考えれば、新規顧客に販売する場合には、このように顧客が感じる「総顧客コスト」を乗り越えなければならないということです。
まずはそもそも知ってもらう必要があるので、大規模広告を出稿したり、展示会・セミナーに出展したりしなければなりません。また、コンタクトを取ることに成功しても、そこから契約に至るまでには、アポイントメント、信頼関係の構築、商品説明、商談、価格交渉といった工程を経なければなりません。
一方、既存顧客であれば、定期的にメルマガやサポートで接点を維持しつつ、契約の更新時期に条件提示と価格交渉を行えば済んでしまうでしょう。すでに信頼関係が築かれているため、成約に至る確率も高いと言えます。
関係を深めていくと、やがて顧客はロイヤルカスタマーとなってくれます。ロイヤルカスタマーとは、その企業や商品に愛着・信頼を感じ、継続的に購入・利用してくれる顧客のことです。
愛着・信頼があるので、競合の商品が多少安くなったり、利便性が増したりしても簡単には切り替えません。
また、ロイヤルカスタマーは「アンバサダー効果」も発揮してくれます。アンバサダー効果とは、他の顧客に対しても製品を宣伝してくれることです。
実は、身近な人からの評価は何よりも信頼性が高いとされています。なので、高評価の口コミは新たなロイヤルカスタマーを生む可能性が高く、ポジティブな循環を期待できます。
昨今は、インフルエンサーに商品を紹介してもらうインフルエンサーマーケティングが流行しております。アンバサダーマーケティングよりもインフルエンサーマーケティングの方が効果が大きいのでは、と感じるかもしれませんが、実はそうではありません。
インフルエンサーマーケティングの場合、インセンティブは金銭的で、紹介者と被紹介者の関係も弱いことが多いでしょう。
しかし、アンバサダーマーケティングは、商品やサービスに対する好意や熱量が元になっており、かつ身近な人への紹介であるため、持続力や信頼度が高くなるのです。
これまで、既存顧客維持は利益面でアドバンテージがあるということをお伝えしてきました。しかし、実際に事業を成長させるためには、新規顧客の獲得も必要になります。
新規顧客は、一度獲得できたら既存顧客に含まれます。つまり、将来的に安定した利益を既存顧客から得るためには、今新規顧客を獲得することも必要なのです。
結局は両者の適切なバランスを取ることが大切なのですが、では、そのバランスについてはどのように考えれば良いのでしょうか。
例えば、成熟しており成長率が低い市場は、複数の企業によって顧客が抑えられていることになります。自社もしくは競合のサービスを受けていない企業や人が少ないため、新規顧客を獲得するためには、競合の顧客を奪わなければなりません。
例えば、携帯キャリア市場が代表格です。
携帯キャリアは大手3社によって寡占されており、新規顧客の獲得にはかなりのコストがかかります。各携帯キャリアの新規顧客獲得施策を見れば一目瞭然でしょう。乗り換えにかかるコストを負担したり、端末代を無料にしたり、大幅な値引きをしたりと、かなりのコストをかけているはずです。
このように成熟した市場の場合、新規顧客の獲得に注力するにはどうしても限界があると言えます。そのため、まずは既存顧客を奪われないよう、守りの施策を重視すべきでしょう。
反対に、市場が成長段階の場合は、コストをかけても新規顧客の獲得を重視した方が良いでしょう。新規顧客の獲得は短期的な利益にはつながらないかもしれませんが、やがて市場が成熟したときに備え、企業を支えてくれる顧客を確保しておく必要があります。
企業のライフサイクルという観点でも、新規顧客獲得と既存顧客維持のバランスを考えることができます。
企業には、「創業期」「成長期」「成熟期」「衰退期」へと至るライフサイクルがあります。利益と時間を軸として、以下のように表すことができます。
多くの企業は、創業期から成長期を経て大きく利益を伸ばし、成熟期には安定して利益を上げ、やがて衰退していきます。
創業期、成長期の企業は新規顧客の獲得に力を入れるべきです。まずは、市場の中でプレゼンスを確立できるよう、多くの顧客を囲い込み、企業として成長させていく必要があります。
一方で、成熟期の企業は既存顧客の維持に大きな労力を割くべきです。この段階に到達した企業は、多くの顧客を抱えており、効率よく利益を上げられる体制が整っているはずです。
加えて、やがて突入する衰退期に向けて、新たな成長事業に投資できるよう利益を確保しておく必要があり、既存顧客から確実な利益をあげられる仕組みがより一層求められます。
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「1:5の法則」「5:25の法則」は、提唱者であるライクヘルドの経験則から生まれたと言われておりますが、新規顧客より既存顧客の方が獲得コストが低くなるという感覚をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
事業を成長させるためには、つい新規顧客の獲得を重視してしまいますが、実は既存顧客との関係を見直すだけで、大きなインパクトを生むことが可能なのです。 市場が縮小している国内においては、特に大切にしたい考えになります。
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