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カスタマーサクセスをサクセスさせるヘルススコアガイド -指標が戦略を決める-

カスタマーサクセスをサクセスさせる ヘルススコアガイド

カスタマーサクセスは慈善事業ではありません。最終目的はあくまで自社の成長です。顧客の成功が自社の事業収益につながるからこそ、徹底的に顧客に寄り添い支援するのです。

この最終目的を達成するためには、適切なヘルススコアの設計は避けて通れません。顧客が日々、どのようにサービスを活用しているのか把握しておかなければ、成功へ導くことはできないでしょう。最悪の場合、突然の解約といった不測の事態が起きてしまうこともあるはずです。

本記事では、ヘルススコアを設計する際の指針となる、基本的な考え方について解説します。

追いかける指標が戦略を決める

戦略とは追いかける「指標」を決めることです。ひとたび指標が設定されれば、日々その数値と向き合い、どうすれば改善できるかを考えることになるでしょう。指標があなたの視線の向く先を決めることになるのです。もしこの指標が間違っていたとしたら、それは”いくら頑張ってもゴールには辿り着かない”ことを意味します。

「インテル入ってる」でお馴染みの半導体素子メーカーインテルは、パソコン向けマイクロプロセッサ(MPU)で世界シェア8割とも言われていますが、この独占的な地位を達成した背景にも、彼らの追いかけた指標の有効性があります。

当時、MPUの開発において「処理速度」を指標とすることが一般的でしたが、インテルは「活用しやすさ」を指標としました。そのため、単にMPUの性能を高めるだけでなく、MPUと組み合わせることで基幹部品となる、マザーボードを開発することも考えつきました。このマザーボードは大変扱いやすく、「マザーボード+MPU」の組み合わせを活用した新たなパソコンが普及したことで、インテルはMPUのシェア争いに完全勝利したのです。

もしインテルが、競合他社と同じように「処理速度」を指標としていたら、マザーボードの開発には至らなかったでしょう。まさに、追いかける指標が戦略を決めたと言えます。

このように、指標はチームの進むべき方向性を規定するものでとても重要です。それでは、カスタマーサクセス部門はどのような指標を設定するべきでしょうか?

カスタマーサクセスが追うべき指標、ヘルススコアとは何か?

カスタマーサクセス部門が追うべき指標の一つに、ヘルススコアがあります。ヘルススコアとは文字通り”顧客の健康状態”を表す指標のことで、顧客が今後も自社サービスを継続的に利用してくれるかを数値で表したものになります。

人間が健康診断を受けると、「体温や心拍数は正常」「血液に重大な問題は見られないが、コレステロール値がやや高い」「理想的な体重よりも5kg重い」といった結果が得られ自身の健康状態を把握することができると思いますが、ヘルススコアもまさに同じような機能を果たします。適切に設計されたヘルススコアなら、顧客の健康状態を把握することができ、寿命がどれくらいなのか=契約継続期間はどれくらいか、を判断することができるのです。

顧客の健康状態が把握できることのメリットは主に2つです。

一つ目は、解約の兆候が掴めるので、事前にアクションが取れることです。もしヘルススコアがなければ、顧客の行動変化がブラックボックス化してしまい、契約更新のタイミングでフタを開けては一喜一憂することになってしまうでしょう。これでは、解約を抑止することも、原因を把握し次回以降に対策を立てることもできません。兆候を掴めるからこそ、抑止に動けるのです。

二つ目は、カスタマーサクセスの対応負荷を減らせることです。カスタマーサクセス担当者の限られたリソースを有効に活用するためには、効率的な対応が不可欠です。ヘルススコアを設計することで、どの顧客を優先的に対応すべきか、逆にどの顧客はサポート頻度を減らして良いか、といった判断ができるようになります。

また、ヘルススコアが共通言語として機能するので、社内コミュニケーションという意味でも負荷を減らすことができます。

このような顧客の現状把握と管理に役立つヘルススコアは、その重要性をいくら強調してもしすぎることはありません。

しかし、その設計は容易ではないでしょう。具体的な指標は数多く公開されていますが、必ずしも自社に当てはまるとは言えません。自社に最適化されたヘルススコアを設計するには、どういった点に気を配れば良いのでしょうか?

ヘルススコア設計の肝

ヘルススコアは、会社によって本当に様々です。「ログイン回数・頻度だけで十分」というところもあれば、20個ほどに細分化して設定しているところもあります。中には、CSMの定性判断のみというところもあるでしょう。 

しかし、具体的な指標の違いは、実は大きな問題ではありません。

いずれにしろ大切なのは、”何に”決めたかではなく”どう”決めたかです。

ヘルススコアの目的は「解約しそうな顧客を判別する」ことです。この目的を達成できるヘルススコアこそ優れたヘルススコアであり、必要なチェック項目が企業によって異なっていたとしても、扱っているサービスや相手にしている顧客が違うことを考慮すれば自然なことです。

この目的から逆算して考えると、最も有効な設計方法は、「実際に解約した顧客に共通する特徴を洗い出し数値化する」ことになります。つまり、顧客の不健康な状態を起点に考えるということです。

多くの物事において、成功よりも失敗の方が科学しやすいと言われておりますが、それはカスタマーサクセスであっても同様です。健康の定義、すなわち理想の状態の定義は、そもそも幅広く捉えることができますし、また顧客によってサービス導入の背景や目的が違うことも多いので、案外統一的な基準を設けることは難しいものです。それに対して、不健康な状態であれば、解約というゴールがはっきりしているので、共通する特徴が炙り出しやすくなります。

その際、無視してはならないのが、カスタマーサクセスマネージャーの肌感覚です。日頃から顧客と直接向き合うことで蓄積された経験値は侮れず、大概は「こういう顧客はチャーンしやすい」「担当者の対応が遅れ始めたらアラート」といった、直感的な指標を持っています。この感覚知をヘルススコアに生かすことで、数値だけでは見逃してしまう僅かな顧客の”サイン”に気づくことができるのです。

これは、人間の身体でも同じでしょう。全てを検査結果の数値で判断できるほど、人間の身体は単純にできていないはずです。だからこそ、数値に現れない部分も含めて、患者の訴えや様子、数値の組み合わせ等で総合的に判断することのできる医者が重宝されているのです。

人と向き合う仕事なら、このような数値では割り切れない側面は必ずあるはずです。

また、肌感覚を取り込むことはヘルススコアに対するメンバーの納得感の醸成にもつながります。結局のところ、信じていない指標は誰も追いかけません。カスタマーサクセスマネージャーが顧客と向き合う中で得た感覚と指標を一致させることで、感覚と乖離していない信頼に足るヘルススコアになるのです。



2つのやってはいけない

①使いこなせない数の指標を用意してしまう

指標の数自体に意味はありません。ヘルススコアには「解約しそうな顧客を判別する」という目的があり、指標の設定はあくまで目的に対する手段です。

指標の数が多ければ多いほど、膨大なデータと向き合うことになり、それだけで多くの時間を要するでしょう。また、あまりに細分化されたデータを、人間の脳で正確に把握し、適切に状況を見極めることは至難の業と言えます。これに基づいて下される予測や判断が、どこまで現実に即しているのかも怪しいものです。

管理しきれない数の指標を用意し、指標が持つ本来の意味に向き合えなくなるのであれば、手段と目的が倒錯していることになります。

データの数は扱える範囲にとどめておくことが、手段として相応しいあり方ではないでしょうか。その点について、非常に示唆に富む例をひとつご紹介します。

カルビーの業績を大きく伸ばしたことで有名な経営者の松本晃氏は、会長就任時に重要指標であるKPIを大幅に絞り込んだことで話題になりました。

彼がカルビーの会長に就任したとき、会社にKPIが多すぎて、何がなんだかわからなくなっていたといいます。5万種くらいのデータを元に、生産やサプライチェーン、鮮度といった、さまざまな指標を毎週更新しており、集計と報告に時間がかかりすぎるため指標を読み解いているともう次の週になっている、というような有り様でした。 

このようなデータ重視の経営手法を、さまざまな計器やデータが示される飛行機の操縦席になぞらえ「コックピット経営」と呼んでいましたが、松本氏は、それを「ダッシュボード経営」に変えました。

飛行機のコックピットに比べ、自動車のダッシュボードは必要なメーターだけが簡潔にまとめられていますが、経営もそうあるべきだと考えたからです。

デジタル化が進みいくつもの種類のデータを簡単に集められるようになったことで、データに頼りたくなる気持ちが生じるのは否定できません。しかし、データというのは集めれば集めるほど有利になる、というものではありません。

簡単にデータを集められるからこそ、「顧客の現状を正確に知り、的確な判断を下すために必要な数値だけに絞って分析する」という姿勢が重要になるのです。

 

②予測と判断を同一視する

ヘルススコアが提示するのはあくまで予測のみで、それをもとに具体的な判断を下すのは、カスタマーサクセスマネージャーの仕事です。

指標が浸透すると、指標自体が判断をするような感覚になってしまいますが、数値そのものには意味はありません。その数値に意味を持たせているのは人です。 

ヘルススコアはチャーンを予測するのに役立ちますが、決して万能ではありません。「ヘルススコアが良好なので安心していたらいきなり解約を申し出られた」というのはよくある話です。

これは人の健康状態を語る時と全く同じです。「毎年の健康診断ではどこも悪くなかったが、いきなり大病にかかった」というのは珍しい話ではないでしょう。健康診断は多くの臨床データから注意すべき数値が科学的に設計されていますが、それでもすべての病気を事前に検知できるわけではないのです。

認識しなければならないのは、カスタマーサクセスマネージャーが向き合っているのは数字ではなく人だということです。

ヘルススコアを設計する際、顧客の共通項を炙り出しました。つまり、ヘルススコアがどの顧客にも当てはまるよう、多種多様な顧客をあえて標準化したのです。

しかし、実際に対峙すればわかるように、顧客は皆個性的です。当然、スコアからできる予測が当てはまる場合もあれば、当てはまらない場合もあるでしょう。

人はヘルススコアには現れないような、些細で無数の要素を集約して意味を見出すエキスパートです。相手の心をリアルタイムで読み解き、個性に合わせて最適な振る舞いを判断できるのはそのためです。 

ヘルススコアは、顧客の状態を把握するのに有効ですが、誰にでもフィットする万能薬ではありません。ヘルススコアを生かしつつも、最後に判断をするのは人であるという意識が必要です。

・・・

適切なヘルススコアは企業によって全く異なります。だからこそ、ヘルススコアの設計には苦労するものです。

しかし、どの企業にも当てはまる普遍的なヘルススコアはありませんが、どの企業も参考にできる普遍的な考え方ならあります。

今回ご紹介したように、「どうして解約してしまったのか?」という問いから解約の共通原因を抽出し、そこにカスタマーサクセスマネージャーの肌感覚をうまく織りまぜながら、最適なヘルススコアを設計しましょう。

その際、扱いきれない数のヘルススコアは用意しないことと、指標を万能視せず常に人間が判断することを意識すると、ヘルススコアはきちんと機能するはずです。

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